インド留学から帰ってきた人が「失敗だった」と言うのを、私はほとんど聞いたことがありません。
学校でまともな授業を受けれない人も、劣悪な環境に耐えるだけの留学の人も、帰国後の報告では「行ってよかった」と話します。嘘をついているわけではありません。本人の中では、本当にそう整理されています。
ただ、それを聞いて次に行く人が、同じ環境に入っていきます。
私はインドのバンガロールで留学の手配を仕事にしています。だから利害関係のある立場です。それでもこの話を書くのは、失敗が語られないまま次の人に渡っていく状態が、いちばん困るからです。
以下は、私が現地で見聞きしたことと、そこから考えたことです。
留学の失敗は、ほとんど表に出ません
留学の口コミが極端に良い方向に偏るのは、参加者が満足しているからだけではありません。失敗を失敗と言えない事情が、いくつも重なっています。
「高い買い物だった」と認める負荷
短期の語学留学でも、2週間で数十万円が動きます。中長期になれば桁が変わります。
これだけ払ったものを「無駄だった」と口に出すのは、単に事実を述べる以上の負担があります。判断した自分を否定することになるからです。
人は、支払ったコストが大きいほど、その選択を正しかったことにしようとします。留学は金額も期間も大きいので、この力が強く働きます。
比べる相手を持っていない
初めての留学なら、比較の対象がありません。授業が週に何度か休みになるのも、シャワーのお湯が出ないのも、「海外とはそういうものだ」で説明がついてしまう。
私の観測範囲では、同じ環境に対する評価は、フィリピンや他国での留学を経験している人ほど厳しくなります。基準を持っている人だけが、それを問題として認識できる。逆に言えば、初めての人は問題に気づかないまま帰ってきます。
私が見てきた「本人が失敗と呼ばなかった」留学
具体的に書きます。いずれも私が直接見た、または本人から聞いた事実です。事業者名・学校名は出しません。特定できる形で書く場合は、記録と当事者の了解を取ったうえで別記事にします。
学校でまともに勉強できなかった
祝日、講師の欠勤、学校側の都合による休講。レベルの低すぎる授業。
インドの語学学校では、申し込み時に提示された授業時間が、そのまま確保されるとは限りません。私が確認した範囲でも、月単位で数日分の授業が消えるケースは珍しくありませんでした。
そして本人は「祝日だから仕方ない」と受け止めます。実際、仕方がない部分もあります。
男女が同じ建物に住むことになってしまった女性
男女混合の住居を紹介された日本人女性から、入浴中に覗かれたという話を聞いたことがあります。
私が驚いたのは、その出来事そのものより、本人が帰国後も「留学には満足している」と話していたことでした。
その人が我慢強いとか、鈍いという話ではありません。留学という体験全体を否定したくない、という気持ちが働くと、起きた出来事のほうが「そういうこともある」の側に押しやられます。人は、自分の数か月を丸ごと失敗だったことにはできない。
私は、これは本人の問題ではなく、手配した側の問題だと考えています。
格安留学すぎてまともに勉強ができなかった
エージェントの価格が格安、または、自身で語学学校や住居など申し込んだが、環境が劣悪で勉強よりも耐えることが留学になってしまったケース。学校ではレベルの低すぎる授業、学校以外はまともな英会話はほとんどない、治安や衛生面が悪く毎日の寝る前に何かすることがある。
これでも数ヶ月滞在して良かったという。。。格安といっても十万円程度の差。一体何がしたかったのか疑問に思います。
環境が悪いほど「成長した」に変換される
ここが留学のいちばん厄介なところです。
つらさは、あとから意味づけできてしまう
「大変だった」という経験は、時間が経つと「鍛えられた」に変換されます。停電も、断水も、通じない英語も、帰国後には話のネタになります。
そして実際に、それで強くなる人もいます。だから全部が嘘だとは言いません。
ただ、この変換は環境の質と無関係に起こります。良い環境で密度の高い時間を過ごした人も、劣悪な環境で耐えた人も、同じように「成長した」と言います。言葉が同じなので、外からは区別がつきません。
区別がつかないまま、次の人が同じ場所を選びます。
一つ言えるのは、劣悪な環境に耐えて過ごしたことは、就職活動でほとんどの企業では魅力的な話ではありません。逆に計画性の無さを疑われる場合が多いと感じます。
SNSに残るのは、良かった数分だけ
投稿されるのは、寺院の前で撮った写真と、クラスメイトと笑っている動画です。
シャワーが冷たかった朝も、授業がなくなって部屋にいた午後も、投稿されません。撮る理由がないからです。
これから行く人が見るのは、その良かった数分のほうです。判断材料としては、かなり偏っています。
それでも、失敗と成功を分ける線はあります
「本人が満足しているならいいのでは」とも言われます。私はそう思いません。同じ金額と同じ期間で、受け取るものが明確に変わるからです。
私が見てきた限り、分かれ目は3つです。
1. 授業時間が、契約どおり確保されているか
確認すべきは「週何時間」ではなく、休講になったときにどう扱われるかです。
- 祝日は年間で何日あるか
- 講師が欠勤した場合、振替はあるか
今でもインド文化は残ってるので多少はありますが、多すぎる場合は問題です。
2. 授業のあとに、英語を使う相手がいるか
1日4〜5時間の授業を受けても、残りの時間を日本語で過ごせば、使う量は限られます。
インドの場合、街中の会話は現地語(バンガロールならカンナダ語、北インドならヒンディー語)が中心の場面も多く、「インドだから英語漬けになる」とは限りません。英語が通じる場所と、そうでない場所がはっきり分かれます。
だから、授業が終わったあとにどこで誰と過ごすかが、そのまま結果になります。住まいが日本人だけの相部屋なのか、他国から来た人と同じ建物なのかで、1日あたりの英語使用時間が数時間単位で変わります。
留学の質は、授業の質より、授業外の時間の設計で決まる。これが私の結論です。
留学を勧める人、勧めない人
勧めないのは、次のような人です。
- 費用の安さだけで行き先を決めようとしている人
- 授業に出ていれば話せるようになると考えている人
- トラブルが起きたときに、自分では動けないと感じている人
反対に、勧めるのは次のような人です。
- 授業外の時間に何をするかを、自分で考えられる人
- 英語を使う目的(進学、仕事、資格)がはっきりしている人
- 完璧な環境ではないことを承知したうえで、確認すべき点を確認できる人
留学は、環境を買うものであって、結果を買うものではありません。同じ環境に置かれても、授業のあとの時間を使わなければ、変わらずに帰ってきます。
さいごに
留学の失敗が語られないのは、失敗が少ないからではありません。語る理由がないからです。良い面だけ出ているSNSには注意してほしいです。
だから、これから行く人が見られる情報は、実態より良い方向に偏ります。その差を埋められるのは、行った人ではなく、手配する側だと思っています。
自分が扱っている国について、都合の悪いことも含めて書く。それくらいしか、この偏りを埋める方法を思いつきません。
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